酪農(乳牛)

要旨

補償コンサル業務とは、公共事業に起因して発生し得る地域住民に及ぼす影響被害を極力発生させない、または発生した場合でもそれを最小限におさえる工事と対策を実施してきたにもかかわらず生じた損失を、いかに立証するか、いかに補填するかを中立的な立場で実務する業務といえます。

それは、ある意味では被害を受けた地域住民の立場を充分に理解するという観点からすれば、住民サイドに立っているという事が言える業務かもしれません。その意味からすれば、補償事例紹介といえば月刊誌大成出版用地ジャーナル等の書籍にあっても、補償の実施事例がほとんどであって、補償の非実施事例は紹介されないのは当然とも言えます。

ここで紹介する酪農事例は、対象酪農家に至近な距離での工事にもかかわらず被害は発生せず、したがって補償しなかったという事例であります。

概要

河川改修工事の施工により発生する騒音・振動等により、対象酪農経営に及ぼす影響を予測し、その予測に対し可能な工事対策と監視を行い、なおかつ被害が生じた場合の因果関係と補償を実施するための調査である。

業務のフロー

業務のフロー図

対象施設

本事業損失調査の対象となる牛舎は、○○に所在し、○○と長男(○○)夫婦によって営業が行われている。本営業の特質として、乳牛と肉牛の飼育を行っているもので、その内訳は平成○○年○○月○○日時点、ホルスタイン種の乳牛32種、肉牛51頭(成牛32頭・子牛19頭)の計83頭である。

酪農としての乳牛は、県内および北海道より出産2~3ヵ月前を導入し、環境に2~3ヵ月で慣れた時点で出産を向かえ、その後、乳牛として牛乳の生産牛とする。出産した母牛は搾乳しながら1~2年で廃牛とし肉牛にされる。一般の酪農業では乳牛として廃牛まで5年ほど飼育されるが○○は、産乳量の能力による判断とともに肉牛とはらみ牛の市場相場によって肉牛へ移すか種付をして乳牛として1サイクルを延長するかを決定している。したがって、他の酪農農家と比較して導入から廃牛までの期間が短いのが特徴である。

肉牛は、特に導入する事なく、ここで誕生した子牛は、雄・雌にかかわらず全て肉牛として飼育されるともに乳牛の廃牛が肉牛として飼育されている。本営業の特徴として、乳肉複合営業である事があげられ酪農家としての専業とは言えず、農家経営診断および農家牛群検定等は実施していない。

配置図

配置図
暗騒音(dB(A))
ポイント
日・時間
(イ) (ロ) (ハ) (ニ)
平成○○年
○○月○○日 AM
57 60 56 62 52 59 57 70
55 55 51 50
中央値 90%上端
90%下端
暗振動(dB)
時間 (イ) (ロ) (ハ) (ニ)
平成○○年
○○月○○日 AM
26 32 44 46 34 38 27 32
22 43 30 24
中央値 80%上端
80%下端

事前調査

専門家意見抜粋

担当獣医師

被害の可能性
環境の変化に起因して、特に工事開始時には、乳量減少および飼育牛の健康に何らかの影響を受ける事が予想される。
これまでの○○牛舎への診療は、定期的なものでなく、分娩頭数が多く発生した時に診療している。健康障害は環境の変化等の問題がなくとも分娩直後が最も発生しやすい。
分娩は、牛にとって大きな変化であり、これまで蓄積してきた栄養を放出する事でもあり、牛の生理的な観点からも種々の病気にかかる率が最も高い。
したがって分娩直後の工事等によるストレスは、牛にとって健康障害を誘発させる一要因となりかねない。

○○県畜産課○○主査

被害の可能性
工事期間11月~3月であるならば牛にとって生理的に良い条件である事から事故率・乳量減少の可能性は低いと考えられる。環境が変われば一時的には減少するがすぐに回復する。ただし搾乳の騒音・振動は影響あると考えられる。
可能性としては低いものの被害があるとすれば、
  • 乳量減少、乳品質低下
  • 流産、早産、難産(起立不能)、繁殖障害
  • 成長不良
  • 病気の発生(乳房炎・かぜ・消化器障害)
であるが餌喰が低下する現象が表れる事から毎日給餌作業を行っている農家にはその影響が把握出来ると考えられる。したがって、農家との接触は密にしておく事が重要であろう。
対策として
衝撃的な音に注意を払う必要があり、可能であれば搾乳時間帯の工事は行わない事が望ましい。
防音壁について冬期では牛舎を覆っても保温の面から好ましいが暖かい日や、風の少ない日に換気や日光を取り入れる必要があり、取外し可能なものが望ましい。

○○県酪農研究室

被害の可能性
現在飼育されている環境と、牛にも個性があるため、全ての牛に影響が発生するという事でなく、影響を受ける牛も発生するという事であろうが、搾乳時間帯の作業を別にすれば大きな影響はないのではないか。
家畜としての牛はある程度は人間の生活環境(車の音、生活音等)に慣らされているもので、地区の花火大会が開催された際、その影響を心配した事があったが牛には、何の変化もなく牛舎で寝ていたいう事もある。
被害として発生するとすれば、
  • 乳量減少、乳品質低下
  • 餌喰低下による成長不良
対策として
搾乳時間帯の工事禁止。防音壁については、牛舎の環境の変化が心配されるため注意する必要がある。

家屋保健衛生所

土木工事による影響は、乳量減については10%程度低下は予想される。しかし最大でも15%程度だと思う。子供を産めば乳量は回復する。牛を移動させて環境が変われば乳量はダウンする。100%の回復は無理、80~90%は回復する。

畜産会、畜産コンサルタント(獣医)

鶏は音に敏感であるが、豚や牛は鈍感であるので、音に慣れれば大丈夫(10日間位で慣れる)。雷ぐらいの音でなれば牛に対して影響はない。環境が変われば乳量は落ちる。(1週間位で戻る)

酪農農業協同組合

土木工事の騒音による乳牛に対して乳量ダウンのデータはない。音に対して搾乳中が一番影響をうける。コンピュータの導入により、毎日の乳量は今年度より把握出来るようになった。前年度以前は伝票がある(月別)。保存は永年である。種付けの時期も乳量に影響する事もある。種付けは、発情期が最良であるがストレスによる時期のズレで種付けが未了の場合もある。

事前の搾乳量

生産乳量(㎏) 乳脂肪(%) 無脂固形(%)
○○年実績 139,429 3.75 8.53
○○年実績 138,704 4.12 8.60
○○年実績 135,081 4.06 8.54

工事対策の実施

発生源対策
  • 岩盤掘削工法の選定
  • 重機、ダンプ類の稼働走行計画
  • 工事時期計画
搾乳時の騒音・振動については影響が大である事から騒音・振動の発生が大きいと予測される工種については施工しない事を原則とする。
現在の牛舎での作業は、搾乳が朝7時から10時30分までと夜6時から9時30分の1日2回であり、午前10時30分までの工事は特に騒音・振動の発生のないように注意する必要がある。また、夕方については工事時期が冬期であり、日没後となる事から施工困難であるため影響はないと考えられるが照明をつけての夜間工事等は行わない事が必要である。
牛舎側改良対策
防音壁により、工事により発生する騒音を遮断し牛舎に入る騒音を減衰させる方法として防音壁、また効果は低いものの防音壁の代替として植樹が考えられる。
ただし、工事施工箇所と牛舎の間にはほとんど余裕スペースがない事から牛舎に接して設置する必要がある。この場合、防音効果を期待するには牛舎の南面を覆う事となる事から防音壁設置の騒音のほか、塵・微生物・有害ガス・水蒸気・臭い等が充満する事となり、工事期間が冬期の好条件下といえども牛の健康を阻害する不健康な環境となり、特に子牛では肺炎等の病気が懸念される。

事中調査

騒音振動測定

工事施工期間に発生する騒音・振動の測定結果およびその作業内容は、

測定日 騒音(dB(A)) 振動(dB) 備考
測定場所 測定場所
(イ) (ロ) (ハ) (イ) (ロ) (ハ)
○・○・○ 76     58    
準備工(バックフォー稼動)
  ○・○ 67 80   60    
バックフォー 0.7掘削
  ○・○ 80     35    
バックフォー 0.7掘削
  ○・○ 70     49    
20tレッカー稼動
  ○・○ 81   80 49    
バックフォー 0.4掘削
  ○・○   75        
バックフォー 0.7掘削
  ○・○ 77         52
バックフォー 0.7掘削
  ○・○     81      
バックフォー 0.7掘削
  ○・○   80     37  
バックフォー 0.4掘削

状況等聴取調査

平成○年○月○日
餌喰状況、産乳量ともに異常なし。
平成○年○月○日
死産の発生があったが工事とは直接関係ないと思うとの事であった。乳量減少はほとんどない。
平成○年○月○日
全く影響がなかったとは言えないが、工事により著しい損害は発生しなかった。

事後調査

被害発生の申しがあった場合、被害発内の内容に対応し、その被害と工事との因果関係の判断・受忍限度の判断・補償額算定を行う必要がある。

因果関係の判断・受忍限度の判断

工事期間中の

  • 牛乳出荷量および乳品質
  • 乳牛・肉牛の経歴
  • 飼料消費状況
  • 気象条件資料

等のデータを収集するとともに、被害内容に対応した工事前の資料の再検討および再収集も行い、騒音・振動の工事前・工事期間中の測定値を事系列的に分析し、かつ酪農有識者の意見を聴取し、病気等の発生率については、対象牛舎担当の獣医師の意見を求め、因果関係の判断・受忍限度の判断を行うものとする。

補償額算定

補償額の算定については、○○酪農の過去3ヵ年の申告決算書を収集分析するとともに、市場価格等による検証を行う。

結果

工事による被害なし

工事着手時点は、牛舎と工事施工箇所が隣接していた事から本人の大きな不安のなか工事に着手したものであるが、発注者、施工業者との親密な信頼関係の構築によって乳量減等の被害発生は認められなかった。